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新元号雑感

1 平成から令和へと、この連休にかけてNHKを筆頭にマスコミによる政治キャンペーンがかまびすしい。   元号と天皇制は一体的に理解されており、そのこと自体は歴史的には当然である。もっとも、さすがに皇紀(今年は多分皇紀2679年)を一緒に話題にする議論は目にしないが、元号使用が不便だから西暦表記でいこうかというなら、皇紀という表記法もありうるといえばありうる。しかしそれでは天皇神話の非科学 […]

母国語を知るということ

1 日本軍が東アジアの国や地域(朝鮮、台湾、満州等)を侵略した時は、まず相手国の母国語を奪うことから始めた。このことは、日本に限らず、スペインでもイギリスでもフランスでも皆同様である。言語はその国や民族の文化の中核であり、本質のひとつだからである。被支配民族は言語を侵害され、やがてその言語が滅びるに従って、その文化も衰退、消耗し、文化としての死を迎え、同時に民族や国家として滅亡してゆく(もっとも、 […]

馬毛島の活用について

1 このところ沖縄の住民投票の結果とともに、辺野古の基地新設についての論議が続いている。国側の発言をきく限り、既成事実ありきで、沖縄県民のみならず日本全体の「民意」も歯牙にもかけていないような対応である。日本における「直接民主主義」という制度の精神・趣旨の定着とその実効化について、公私を問わず日本では随分未熟だなと思わざる得ない。未だ政治における個人の定立が曖昧だからなのだろう。個人があってはじめ […]

地球温暖化のサイクル

1 このところ空いた日曜を利用して近くにある低い山を1人で徘徊しているのだが(自分では惚け防止のつもりを兼ねて)、近年になく季節が変になっている。山梨にある山であるが、12月初めなのに、山腹から山頂にかけて、紅葉したもみじと見間違えた程に赤い山つつじが何本も咲いていた。別のルートで下山してみると、今度はやや小振りながらもひまわりの花が咲いていたのだ。付近には2〜3本位あったと思うが、そのうちのもう […]

科学の発達とは

1 科学とは何かという設問については、様々な視点から様々な答があるだろうが、ここでは私なりの視点で考えたい。 科学は人間にとって不便を解消し「便利」を実現するための道具ではなく、その体系でもない。人の「幸福」の実現を目的とし、方法的には人と宇宙(地球や他者)との調和によって実行されるのである。 その意味で、自然科学も社会科学も常に統合的に総体として理解されていかなければならない。 2 世の中そんな […]

「専門家意見」の欺瞞性について

1 ここ数年、大切な人が次々と亡くなり、気塞ぐところもあったが、滝に入ってみたり山を歩いてみたり、何よりも仕事に追われたりで日々それなりに過ごしてきた。この間日本も世界も小止みなく変化し続けている。それに対し何も動かない自分に焦りとも無力感ともあきらめともつかない思いも続いた。 それはともかくとして、また独り言を書いてみることにした。 2 原発の存在と規制については、変化もあったが安倍政権と東電( […]

政治における倫理性について

1 毎年3月10日がきて、4月28日、5月15日、6月23日が来る毎に、当時のアメリカという国の残虐性と日本という国の身勝手さ、というより戦争の愚かさに思いを新たにする。 アメリカ軍の空襲は、ナチスのガス室による民族抹殺行為と遜色ない戦争犯罪である。原爆投下に対しなぜ日本は満腔の怒りをもって抗議し続けないのか。東京大空襲にしても、何故その犯罪性を世界に発進し続けて、アメリカの謝罪と反省を求めようと […]

「世論」ということ

1 私は川崎市の宿河原という多摩川のほとりにある高校の出身なのだが、ついこの間まで、近所の旧跡(?)として、高校のある場所を多摩川沿いに更に遡った上流にある分倍河原という所に興味をもっていた。その河原で、北面の武士であった鴨長明が決闘をした、と思い込んでいたのである。 しかしどうも違うらしい。まだ原典は当っていないが、場所は正しく高校のあった宿河原という所であり、出典は徒然草であって、関係者は同様 […]

ブログの再開

この2〜3年身近な人が続いて亡くなり、私的に少々へこんでいたが、昨日身内だけの一周忌を終え、やはり前へ進むしかないと思い定めた。 精神と肉体の相関性をもち出すまでもなく、肉体が衰えれば精神も衰弱して後退することは自覚しているので、ともかく無理しない程度に体を鍛えることにしている。できるだけ階段を使い、山にも登るし、滝にも打たれている。 今のところ年相応の劣化はあるのかも知れないが、体にも頭にも不調 […]

はじめての選挙

1 いつも思い出したように書いてみる。 多分、このブログも1〜2年ぶりか。この間、私的にも公的にも随分いろいろのことがあった。 原発再稼働についても、政治の欺瞞性などといってしまえばそれまでだが、あきれてものも言えない。   2 さて、此の度18歳から選挙権が与えられたとの由。それで、私も今回初めて選挙権を行使してみた。全く簡単なものだ。 しかし、18歳から選挙権がある、という現行政治制 […]