先端科学(担手としての国家)との対峙
- 2025.02.14
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1 現在の中国の動きについて興味がある。 経済的にはいろいろ問題を抱えているようであるが、国家的関与の仕方が余程まずければ別にしても、政治的体制いかんにかかわらず、多かれ少なかれ程度の差こそあれ、一国の経済が政府の財政を支えている以上、経済への政治的介入は不可避である。 ただ、昨今の習近平首相の発言を聞く限り、その後の国(人)民の反応をテレビや新聞報道で見ると、習首相の政治的支持基盤は最早相当程度 […]
1 現在の中国の動きについて興味がある。 経済的にはいろいろ問題を抱えているようであるが、国家的関与の仕方が余程まずければ別にしても、政治的体制いかんにかかわらず、多かれ少なかれ程度の差こそあれ、一国の経済が政府の財政を支えている以上、経済への政治的介入は不可避である。 ただ、昨今の習近平首相の発言を聞く限り、その後の国(人)民の反応をテレビや新聞報道で見ると、習首相の政治的支持基盤は最早相当程度 […]
老いは、遅速の差はあれ、死に直結している。それで老人なりの若干の思いを述べておく。 1 私の場合、死への憧れなどは一切ない。当然のことながら、死に対する忌避意識は強い。 子供の頃悩んだのは、死の基本概念であり、同時に派生概念としての「永遠」ということだった。そもそも終りがない、ということの意味がわからなかった。その頃「宇宙」だとか、「無限」だとかいわれても、全く実感できなかった。今考 […]
1 天候不順が常態化しているのは、地球環境の変質と流動化による物理的・気象的な象徴であり、その心的な具現化である。我々は最早後戻り出来ないところにまで病膏肓に入っているのかも知れない。その原因はあげて人間の形而下的欲望と利己性にある。 南太平洋の島々の住人にせよ、北極圏の人々にせよ、また極地の白熊やら動物、植生に至るまで、人間は地球上のありとあらゆる生存や生態を脅かしている。 2 何 […]
1 齢を重ねるということは、単に物や事について、経歴を積むというような状態とは随分異なる。齢(年)を重ねる主体が物ではなく、動物でもなく、人間だからである。 要するに、経歴を積む主体が、外部環境を自らの内に取り込んで、それによって自らを変容させていくことのできる動的存在だからである。 少々飛躍する論理だが、人間が「齢を取る」ということは、同時に「反省」という心的現象をも内包する。 そう考えると、自 […]
1 8月の大雪山旭岳山頂直下での右足指骨折以来、一時車椅子や松葉杖やらにお世話になる(格好悪いのですぐ止めた)などと、いろいろあったが、未だ若干ビッコをひいている(数年前中央アルプスで右膝を痛めて以来同じ右足なので多少不便をしている)。医者は年内いっぱい位は覚悟せよとのことだが、やなこった(それでも歳を考えろ、とのことらしい)。ただ、身体障害者の不便や苦労は実感した。 事故のことはあまり思い出した […]
1 ウクライナ紛争(というよりロシアによるウクライナ「侵略」)に関するプーチンの罪科については、その行為があまりに直接的、主導的であって、今更調査、検討など不要であろうが、米欧各国の対応については、少々苦言を呈しておきたい。 一言で云えば、米欧各国はロシアないしプーチンに対しあまりに及び腰なのだ。多分にロシアと国境を接する欧州各国でさえ、元ロシア圏の国のNATOへの加盟ないし加盟可能性の現実性によ […]
1 相変わらず途切れ途切れの発信で恐縮している。 ウクライナでは依然として深刻、不当(法)な戦闘が日々くり広げられている。状況は一進一退といわれればそうかも知れないし、他国のことといわれればそうなのだろうが、軍民を問わず現地の人達のことを思うと何ともやり切れないものがある。 ロシアに対する大規模かつ断乎とした経済制裁を続けられるなら、ある程度の遅速はあっても、解決への見通しが難しいとは考えない。た […]
1 少々極端なことを書いておく。 日本の人口はもとより、世界的にも人間の数があまりに多すぎるので、これを4〜5世代をかけて、まず5分の1以下、できれば10分の1位まで減少させるべきであろう。殊に、いわゆるグローバルサウスあるいはかつて発展途上国といわれていた国々を中心に実行してゆくしかあるまい。 このまま漫然と人口増を続けていけば、様々の不都合が世界中に蔓延するであろう。極論すれば、人類はその大半 […]
1 膝を痛めて以来1年程静かにしていたが、昨秋以降少しずつ近くの低山を歩けるようになり、ある程度の充足感を回復し出した。性格的に、街中より山の中を歩く方が楽しい。 コロナについては、そのうち弱毒化して収束していくだろうなと予測している。ウイルスにとっても弱毒化が原理的な生き残り策であり、発生史的にも「宿主」(人間)の側からする歴史的な落ち着き方だからである。あまり心配していない。 2 […]
1 ファッションに対する関心がない訳ではない。ファッションは本質的には自己表現あるいは自己表出であるので、時代により国により、時により場合により、人の数だけ様々であって当然である。 ところが、日本(人)の場合(別に国外の事情がわかるという程ではないが)、何故か妙に似通っている。稀に個性的な人を見かけるが、至って稀である。本当に時々であるが、失礼を省みず見惚れる。服の形だったり、色使いの妙だったり、 […]