原稿執筆:暗号資産におけるトラベルルールと犯収法等の改正(日弁連消費者法ニュースNo135号)

日弁連の消費者法ニュースの135号に、暗号資産におけるトラベルルールと犯罪収益移転防止法等の改正と題する原稿を執筆しました。

下記の原稿でも書いたように、暗号資産については、いわゆる国際ロマンス詐欺などにおける送金方法として利用されることが増えています(東京投資被害弁護士研究会:「国際ロマンス詐欺に関するお知らせ&2次被害にご注意下さい」)。トラベルルールの導入だけで解決する問題ではなく、特にアンホステッドウォレットへの送付に関しては課題が残っていますが、重要な改正であることは間違いありません。

近時、通常業務に加え、日弁連消費者委員会金融サービス部会の部会長をしている関係での業務や、講義・原稿執筆が増えていてブログを更新する余裕がありませんが、執筆した原稿で問題ないものをこちらでも紹介しようと思います。

 

1 はじめに

いわゆるロマンス詐欺や、SNSを利用した投資詐欺等において、送金方法として暗号資産が利用されることが増えている。今般、その被害防止等に役立つ可能性がある重要な制度改正がなされたので、以下解説する。

2 自主規制としてのトラベルルール

(1)トラベルルール制定の経緯

一般社団法人暗号資産取引業協会(以下、「協会」)は、2022(令和4)年4月1日、「暗号資産交換業に係るマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関する規則」を改正し、暗号資産に関する、いわゆる「トラベルルール」を導入した[1]

トラベルルールは、「利用者の依頼を受けて暗号資産の送付を行う暗号資産交換業者は、送付依頼人と受取人に関する一定の事項を、送付先となる受取人側の暗号資産交換業者に通知しなければならない」というルールである。このルールは、FATF(金融活動作業部会)が、マネロン対策のための国際基準(FATF基準)として、各国の規制当局に対して導入を求めていたもので、電信送金(為替取引)だけでなく暗号資産の移転についても対象にすべきと指摘していた。これを受けて、後述するような犯罪収益移転防止法(以下、「犯収法」)の改正等が行われることとなったが、協会では金融庁からの要請を踏まえ、法改正に先立って、自主規制規則でトラベルルールを導入したものである。

(2)トラベルルールの概要

協会に加入している会員(登録業者)は、受取人に暗号資産を移転させる取引(暗号資産移転取引)において、それが「要通知取引」[2](受取側交換業者が国内の交換業者またはトラベルルールを導入している外国に所在する交換業者)である場合は、①送付依頼人から送付の依頼を受けた会員(送付側)の情報取得義務、通知義務、リスク評価義務と、②受取人のために暗号資産の送付を受ける会員(受取側)の情報の通知を受けた情報の確認・保存義務、通知を受けずに送付を受けた場合の情報取得義務が定められた。

「要通知取引」に該当しない場合、すなわち、暗号資産をプライベートウォレットに直接送付する場合や、受取側業者がトラベルルールを導入していない国の業者である場合(いわゆるアンホステッド・ウォレット)は、通知義務は課されないが、受取人に係る情報[3]の取得義務と、当該情報に照らしたリスク評価義務等を課すこととなった。

暗号資産取引業協会HP「トラベルルール導入について」最終頁より引用。本施行日以降】

2 犯罪収益移転防止法等の改正とパブリックコメントの実施

(1)令和4年12月2日、犯収法を含む6つの法律の改正法(FATF対応法)が成立し、暗号資産の移転に係る通知義務が犯収法で定められた(第10条の5)。もっとも法文においては、「当該依頼を行った顧客及び当該受取顧客に係る本人特定事項その他の事項で主務省令で定めるもの」の通知義務として、具体的な内容は施行令や施行規則等に委ねられた。

(2)上記を受けて、令和5年2月3日、犯収法施行令、施行規則、事務ガイドライン等の改正案が公表され、パブリックコメントが募集された。犯収法施行規則の改正案においては、概ね、既に協会の自主規制で実施されているものと同じ内容の通知義務(改正規則第31条の7)、取引時におけるリスク評価義務等が新設されたところ(要通知取引について同第32条7項、通知不要取引について同条8項)、後者については事務ガイドラインで、ブロックチェーンの検証等によるリスク管理や、アンホステッド・ウォレット等に関する情報を適切に取得すること、具体的にはアンホステッド・ウォレット等の情報を利用者等から取得して疑わしい取引と判断した場合には、利用者に暗号資産を移転させない対応が可能な態勢を整備していることなどを必要としているが(事務ガイドライン「16.暗号資産交換業者関係」、Ⅱ−2−1−4−2(11))、現在多発している暗号資産を送付させる詐欺行為等の予防にどの程度繋がるか、明確ではない。

(3)パブリックコメントは令和5年3月5日が締め切りであり、本稿が公表されるころには期限を過ぎていると思われるが、今後もパブリックコメントの結果や改正後の運用等について注視する必要がある。

以上

(脚注)

[1] 経過規定により、受取人の住所に関する情報及び取引目的に関する情報の取得義務は、令和4年10月1日から課されることとなっていた。

[2] 同様に経過規定により犯収法施行日までは、「要通知取引」のうち、以下の要件をすべて満たす取引(「経過規定対象要通知取引」)についてのみ通知義務が課せられる。

① 受取人と送付依頼人が同一である。

② 国内の暗号資産交換業者が受取側暗号資産交換業者である。

③ 送付する暗号資産がBTCまたはETHである。

④ 送付する暗号資産の邦貨換算額が10万円を超える額である。

[3] ①暗号資産アドレス、②受取人が送付依頼人本人か否か、送付依頼人本人でない場合は受取人の氏名、住所(法人の場合は名称、本店又は主たる事務所の所在地)に関する情報、③送付先が規制対象業者に該当しない外国所在事業者の管理するアドレスである場合、当該外国所在事業者の名称、その他取引目的に関する情報等、各種法令・ガイドラインの規定に従い取得が求められる情報を取得しなければならないとした(規則6条11項)。